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2020.9.12 週末おむすびチャンネル vol. 18

『服従の心理』感想編 週末おむすびチャンネル vol. 18

『服従の心理』(スタンレー・ミルグラム著/河出書房新社)は、社会心理学者のミルグラムが権威に服従する人間の心理を科学的に検証した一冊。原書は1974年にアメリカで出版され、実験によって暴かれた服従の本質は世界に衝撃を与えました。

今回は、この本を梅からおすすめされた鮭が、読み終わった感想を話し合います。

本で紹介されている服従実験の主な内容

① 被験者(服従実験であることは知らされていない)は、「学習に罰がどんな影響を与えるかを調査するための実験」と説明され、実験にのぞむ。

② 被験者は、学習者が与えられた課題を間違うたびに電撃を与えるよう、実験者(イェール大学の人物、権威にあたる存在)から指示を受ける。また、学習者に与える電撃は徐々に強くするよう指示される。

③ 学習者は電撃が強くなるにつれ、不快感を訴え、実験の中止を求めたり痛みに絶叫したりするようになる(ただし、学習者は服従実験の協力者。実際には電撃は与えられていない)

④ 被験者が電撃を与えることをためらっても、実験者は続けるようにうながす。

▶︎ こうした状況で、被験者は実験者(権威)の指示をはっきり拒めるのか、あるいは命令に従い電撃を与え続けるのか(どの程度の強さの電撃まで与えたか)を記録する。

▶︎ 実験終了後、被験者に対して実際には電撃は与えられていないことなど、事後説明が行われた。

 

梅(おすすめした人)

鮭(読んでみた人)

『服従の心理』おすすめ編はこちら

鮭:こういう実験レポート的な本って難しくて途中で挫折しちゃうこともあったんだけど、最後まで面白かった! 梅がおすすめ編で言ってたように、会話もリアルだったし。

 

梅:そう、実験室でのやり取りが生々しいんだよね。

 

鮭:服従能力が本能に備わってるっていうの発見だったな。誰かに従うって後天的に身につけるものかと思ってた。

 

梅:本にもあったけど、人間は個別に生きるよりも、ヒエラルキーをつくったほうが生存確率が上がる。だから、本能的に服従能力を身につけたんだよね。

 

鮭:うん、「服従能力というのは言語能力のようなものだ」ってあって、なるほどと思ったよ。もともと使う能力を持っていて、教育とか社会の中で刺激を受けて形になる。服従ってあまりよくないもののように思ってたけど、この能力がなかったら人間は早々に自滅してただろうし。訳者のあとがきに書いてあったけど、服従は信頼の裏返しでもあって。

 

梅:本来、この服従の能力のおかげでヒトの群れはうまくまわってきたんだよね。だからまっとうな命令だったらいいんだけど、命令がいつも群れを正しい方向に導くとは限らなくて。

 

鮭:独裁者の命令に服従した結果、ナチスのユダヤ人虐殺みたいなことが起こっちゃう。しかもこの実験は、服従能力のせいで普通の人でも虐殺に加担する可能性があることを暴き出したんだよね。私もする可能性がある。

 

梅:第5章の「権威に直面した個人」で個々の被験者のレポートを読んで、こういう反応をしたいなと思った人が一人いて。ドイツ人の女性なんだけど。

 

鮭:あ、私も! 私は二人いたんだけど一人がそのドイツ人の女性!

 

梅:ほんと!134ページに出てくるグレッチェンさん。途中ではっきりと「これ以上は続けるべきではないと思います」って実験を拒否して、ほかの人みたいに続けなかった。グレッチェンさんはドイツからの移住者で、ヒトラー政権下で青春時代を過ごした過去があるんだよね。実験後にこの背景が与えた影響について聞かれたら、グレッチェンさんは「たぶんわたしたちは、あまりに多くの苦痛を見てきたからでしょう」って言って。この言葉、心に残ったな。

 

鮭:あと私はグレッチェンさんが「この方(学習者)に何かあったときに責任を負いたくはありません」って言うところもかっこいいなと思ったよ。

 

梅:ああ!

 

鮭:多くの被験者は、学習者が嫌がってる様子をみて、もうやりたくないって言いながらも指示通り電撃を最大まで上げていくんだよね。のちのヒアリングでその人たちは、学習者に何かあった場合の責任は自分ではなく実験者にあるって言ってる。でもグレッチェンさんは、責任は自分にあるって思ってて。しかも「責任を負いたくない」ってともすれば逃げてる感じがしてあまり口に出したくない言葉なんだけけど、それをはっきり言うところが。

 

梅:確かに、なかなか言えないかも。

 

鮭:あともう一人は83ページに出てきたヤン・レンサレアさん。この人、実験者から「続けることが実験にとっては絶対に不可欠です」「あなたにはほかに選択の余地はないんです」って言われた時に、「選択の余地はある。(信じられないというように決然と)どうして選択の余地がないんです?」って返してて。

 

梅:あ、私もそこ線引いてた!

 

鮭:もともと自由意志で実験に参加したんだから、実験を中断する選択肢があるってことを知ってるんだよね。私だったら途中で止めるってことに考えが及ばないかもしれないなあ。

 

梅:うん、追い込まれたら選択肢が浮かばなくなりそう。

 

鮭:この二人は、止める権利が自分にはあるってわかってる。しかも学習者が電撃でどうかにかなったら責任は自分にあって、その責任は負いたくないからここで止めますって冷静に判断してて。

 

梅:こうありたいなあ。

 

鮭:ね。二人の職業がそれぞれ医療技師と工業エンジニアなんだけど、それも関係してるのかなって思ったよ。人体に電気ショックを与えたらどうなるか、少しでも知識があって想像できたから、危ない指示にも服従せずに済んだのかもしれない。

 

梅:なるほど、それはあるかもね。知識があるって大事だね。あと、読んでいて思ったのは、命令に従いたくなかったら、聞き返し続けるのがいいのかなと。実験者に「続けてもらわないと実験が成り立ちません」って言われた時、「なんで成り立たないんですか?」って返す。

 

鮭:うん、「なんで責め」しそうと思った。私も。

 

梅:言葉の応酬でさ、とにかく言われたことに「なんで?」って聞き続けるうちに破綻が生まれて「そもそもやる必要ある?」って気づけそう。服従したくないと思ったら、そうやって切り抜けていくのかなあ。

 

鮭:ただ「続けてください」だけ言われてもねえ。続ける理由が知りたいし、質問にちゃんと答えてくれなかったらもっと怪しい。

 

梅:でも今はこうやって「私だったらこう返す!」とか言えるんだけど、実際の服従の場面は暴力を伴う場合もあるし、集団の中で自分だけ逆うなんてできないっていう状況もある。服従はいろんな要素が絡んでて。そうなった時にどうか。

 

鮭:やらなきゃ殺されるって状況かもしれないし、同調圧力もあるよね。

 

梅:そうなんだよなあ。訳者はあとがきで、ミルグラムの主張は、銃殺刑も恐れずに拒否しろって言ってるのと同じで無理があるって言ってたね。このあとがきは「蛇足 服従実験批判」って見出しがついてるけど、本文を覆すような主張で面白かったな。「組織全体の圧力に対して、一個人が命がけで対抗するなんてことがなぜ期待されなくてはならんのか。(略)ハリウッド映画ならいざ知らず、凡人が巨大組織に立ち向かうなどとてもとても」。たしかになと。だから、訳者が指摘するように、権威の側の問題を考えたいよね。

 

鮭:うん、この本を読んで、権威がどのくらいの権威なのかって、大事なところだなと思った。この実験だったら実験者は心理学の教授で、そういった面では権威かもしれないけど、電撃が体に与える影響についても詳しく知ってるのかどうか。

 

梅:そこに疑問を持たずに権威の指示に従う人がたくさんいたってことだよね。権威の暴走を生まないためにどうしたらいいんだろう。

 

鮭:うーん。日常生活では、私が服従する立場になることもあるし、服従させる立場になることもある。でも、そもそも服従させるのってあんまり好きじゃないんだよなあ。指示するのとかも苦手で。

 

梅:わかる。私も居心地が悪くなる。

 

鮭:政治家とかを見てて思うけど、権威って……とっても堂々としてるよね。なんでだろ。

 

梅:おかしなこと言ってても、堂々としてるだけでもっともらしく聞こえたり。

 

鮭:自信満々で言われるとなんとなく正しい気がして反射的に従っちゃう。これが服従本能なのか……。そういえば幼稚園の時も友達を服従させたがる子いたな。全く同じ絵描かないと怒られるの。

 

梅:いたよね。でもそれが個人的な関係だったら、自分の意思で友達をやめればいいけど、組織的になると難しいよね。命令が上から下っておりていく過程に自分がいたら、思うように行動できなくなる。本文でも個人の意思は「ヒエラルキー構造に参加する時点で力を弱められている」って書いてあって。

 

鮭:しかも、例えば独裁者がAとして、Aが命令して、直近の部下Bとその部下Cとさらにその部下Dが順ぐりに命令を下に伝えて、最後にEが殺したとしたら、B、C、Dは殺した実感はないよね。

 

梅:ヒトラーの部下のアイヒマンも、戦後の裁判で「私はユダヤ人を一人も殺していない」って言ったんだよね。この構図って至るところにある。しかも「Aならこう命令するんじゃないか」ってBが忖度することもあったり。

 

鮭:間の人たちは、書面にハンコ押すだけかもしれなくて。「誰々がこう言ってたからこうして」って右の指示を左に流すのって楽だしなあ。

 

梅:このあいだドキュメンタリー番組見てたら、アウシュビッツではガス室のボタンを押すまでの役割をあえて細分化して罪の意識を持ちにくくしてたみたいだね。本でも「現代社会では、自分と、自分が貢献する最終的な破壊的行為との間に他人が介在していることが多い」と指摘してて、間の人たちは二重の意味で責任を逃れられるって言ってたね。「まず、正当な権威がその行為を完全に裏付けてくれたということ、そして第二に、かれら自身は残酷な物理行為を直接下してはいないということ」。この構造は権威の側の思うツボだな。

 

鮭:うんうん。あと、本で「エージェント状態」ってあるけど、権威に参加する人たちは、「自分が独自の目的に従って行動しているとは考えず、他人の願望を実行するエージェント(実行人)として考えるようになる」。ここを読んでふと思ったのが、一人あたりが持つ責任の総量は決まってたりするのかなって。例えば総量が10gだったら、この実験で多くの人は実験者の願望を実行するって方に10g全部を置いちゃってる。だから自分が電撃を与える学習者を守るっていう責任が1gも無くなっちゃう、そういうものなのかなとぼんやり思ったりもしたよ。

 

梅:うん。責任感が無いわけじゃなくて、焦点が権威の期待に応えることの方にスライドするんだよね。さらに使命感も芽生えてる。服従実験で学習者に電撃を与えるのは、科学の発展のためって思ってた被験者がいたし、戦争での残虐行為も単に命令されたからってだけじゃなくて、「正しいことしてるんだ」って本気で思ってる人がいた。自分を正当化するというか、そういう力も人間にはあるんだよね。これがまっとうな指示だったら、この能力もいいふうに作用するんだろうけど。

 

鮭:おかしな命令だったとき、それに気づけるか。

 

梅:気づいたときに軌道修正できる組織だといいよね。普段から自由に言い合える関係が築けててるかどうかなのかな。疑問を挟むのもはばかられる組織だったら、思考停止してよけいに気づけなくなって。それが問題だよね。

 

鮭:本の9章は集団効果について書いていたけど、多くの被験者が、仲間が指示者に反逆すれば自分もやめるし、仲間が続ければ自分も続ける。派閥ってあるけど、やっぱり権威には集団で対抗していくのが一番なのかな。例えばB、C、Dが「Aの命令、おかしくない?」って意見でまとまれば、Aと同じくらいの権力になるかもしれない。

 

梅:確かに。トップのAはやりたいことがあっても、B以下がいないと実現できないんだしね。

 

鮭:BもCもDも、それぞれ下の人に対して権威だけど、「おかしいと思うけど、お前、どう思う? やる?」ってもっと相談してもいいと思うし。そうしないのはなんでだろ。

 

梅:自分のポジションに固執しているのかな。

 

鮭:上下関係なく人の意見を聞く人って尊敬するけどな。自分にも考えはあるけど他の人の意見もちゃんと聞く。もっと仲間だと思えばいいのにね。

 

梅:そうそう。誰だって間違うことはあるんだから、もっと人の意見を取り入れてより良い指示を出せればいいよね。でもさ、同じ場所で働いていたらそういう意識も働くかもしれないけど、規模が大きいと命令をする組織、受ける組織があって、それぞれ空気感も違うだろうし、議論が難しくなっちゃうのかな。

 

鮭:たしかに。そういえば間にいる人たちって名前が出ないよね。トップの人と実行役は名前が晒されるけど。だから責任転嫁も起こりがちなのかな。

 

梅:うん、まわりの目があったら自制心が働きそう。ネットの誹謗中傷も匿名だからできるんだよね。本に戻ると、この実験の出発点には、ヒトラーの暴走に大量の人間が服従した事実があって、それで服従の本質という側面を暴いた。じゃあ、これからどうしたらいいか。訳者も書いていたけど、権威を信頼できる健全な状態に保って、安心して服従できる仕組みを整えることに行き着くのかな。だから、組織には権威を監視する仕組みが必要で。

 

鮭:ああ、監視大切だ。服従って本能だから放っておくとなんとなくで従っちゃう。そこを意識してちゃんと考えて、服従しない選択肢もあることを知るってのが大事なのかな。

 

梅:うん、あとは、この本で服従の本質がわかったから、いろんな場面で権威と服従の構造にあてはめて俯瞰して考えることはできそう。少なくとも誰かに指示されて違和感があったら「なんで」って考えて、違和感の正体を探りたい。

 

鮭:服従をするにしても、自分の状況をできるだけ理解しておきたいし、自分自身も無自覚に服従させてないか、どういう言い方だったらいいのかとか、この本をきっかけに考えていきたいな。

投稿者: おむすびブックス

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