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2020.7.4 週末おむすびチャンネル vol.9

『戦争とおはぎとグリンピース』おすすめ編 週末おむすびチャンネル vol.9

今回は、『戦争とおはぎとグリンピース』(西日本新聞社 編)を取り上げます。戦争の記憶が鮮明に残る昭和30年代、新聞小さな投稿欄に寄せられたエピソード42編が掲載された一冊です。

おむすびブックスでこの本を仕入れた梅が、おすすめポイントを紹介します。

 

梅(おすすめする人)

鮭(これから読む人)

 

 

梅:『戦争とおはぎとグリンピース』は、おむすびブックスで仕入れたのは単行本だけど、今は角川文庫でも買えるんだね。鮭が買ったのが文庫だよね。

 

鮭:うん、「本書は、2016年5月に西日本新聞社から刊行された単行本を再編集し文庫化したものです」って書いてあるよ。

 

梅:文庫にも巻末に「投稿を読んで」って児童文学作家の村中李衣さんの文章が入ってるかな?

 

鮭:あるある。

 

梅:あ、よかった! この本は、もともと西日本新聞に寄せられた読者投稿をまとめたものなんだけど、村中さんが投稿の一つひとつに感想を書いていて、これもすごくいいから、ぜひ投稿とセットで読んでほしくて。

 

鮭:へえ。おもしろそう。

 

梅:西日本新聞には、女性読者が投稿する「紅皿」っていう小さな投稿欄があって、この本は1954年から10年間の投稿のなかから、戦争にまつわる話をより抜いて収録されてるの。

 

鮭:その投稿欄って戦争の投稿だけを募集してたわけではないんだよね?

 

梅:うん、戦争だけじゃなくて話題は日々のこと何でもいいみたい。今も続いてて、ちょっと調べたら、西日本新聞主催で紅皿の投稿者や読者が交流するイベントもしてたよ

 

鮭:今も! 60年以上も続いてるんだ。

 

梅:本には、投稿した人の年齢とか職業なんかも書いてあるから、あ、こんな若い子がとか、自分と同じ年くらいかとか、そういうところも参考になるよ。

 

鮭:みんな自分で投稿したいと思って書いた人たちなんだよね。

 

梅:そう。この投稿欄は1954年に始まったんだけど、1954年というと戦争が終わって9年経ったころ。これがどのくらいの時間の感覚かって考えたら、今2020年だから、2011年の震災を振り返る感じなんだよね。ついこのあいだのような気もするけど、当時の小学生はもう成人してるから、いろんな変化があるよね。

 

鮭:ああ、9年はいろいろ変わってるなあ。

 

梅:例えば、『暮しの手帖』の「戦争中の暮しの記録」(注:戦争中の暮らしを読者投稿で振り返った『暮しの手帖』1968年の特集号。梅、鮭、二人とも持っている)は、過去に戻って当時の状況を書いてるんだよね。もちろん、そういう趣旨で投稿を集めて、貴重な記録になっているんだけど。でも紅皿の投稿者は、夫が戦死したり、孫を亡くしていたり、いろんな悲しい経験を抱えながら、今現在のことを書いてる。

 

鮭:なるほど!

 

梅:過去を振り返るけど、それを経て今こういう風に生きて、こう考えるってことを書いていて。なんていうか、壮絶な経験をしたあとで、時を重ねて、今の生活に幸せを見出したり、これからこういう風に生きていくぞっていう決意が文章の中にあらわれていて、そういうのが垣間見えるのがすごくいいなって思う。

 

鮭:うんうん。

 

梅:書いていることは日常のほんとに些細なことなの。本のタイトルにあるようにグリーンピースを煮たよとか。

 

鮭:そっか、タイトルのグリンピースってそこからきてるんだ。

 

梅:ご近所さんにグリンピースの煮物をもらって、グリンピースが好きだったお母さんのことを思い出すんだけど、戦時中の食料が不足している時にも、そのお母さんがどうにかしてグリンピースを集めていたという記憶を辿っていて。他にもなべで産湯を沸かしたとか、初月給をもらってお父さんにお酒を買うとか、本当に、生活感がめちゃくちゃ溢れているんだけど、そのディテールの豊かさから見えてくるものがあって。前回の『ある晴れた夏の朝』(『ある晴れた夏の朝』おすすめ編 参照)は、現代の高校生が戦争を俯瞰して話をしているけど、これは当事者の日々のささやかな暮しから戦争が見えてくるんだよね。当時の戦争がどういうものだったのか。

 

鮭:ああ、『ある晴れた夏の朝』を読んだ今、一番知りたいことだ!

 

梅:例えば一つ、この本の中に「竹やりの先の出刃包丁」ってタイトルの投稿があって。ちょっと説明すると、戦争から17年経って終戦の日の思い出を書いてるんだけど、8月15日は勤務先の学校で天皇の玉音放送を聞いて、それを聞いた後、虚脱状態になって家に帰ってきたと。そしたら竹槍の先に古い出刃包丁を結びつけて家の入口に立てかけてあったのが目に入ったんだって。それを見た瞬間、もう急におかしくなって、にやにやしちゃったって。たぶん前の日まではそれ持って戦うぞって当たり前の光景だったのに、戦争が終わった瞬間に「こっけいなものに見えた」って。私、「にやにやした」って表現と滑稽に見えたっていうのがさ、ああ、こういう感覚だったんだなあって思って。

 

鮭:リアルだね。

 

梅:そうなの。歴史上では、国家総動員法があって、竹槍を持って戦えって国から言われてたことを知ってるけど、いざ渦中にいた側からすると、竹槍はこういう感じだったんだなっていうのが実感できるというか。投稿がね、結構、ユーモアも交えて綴られてたりするんだよね。戦争を振り返るけど、決して暗いだけの話じゃなくて。

 

鮭:へえ。今、目次を見ているけど投稿のタイトルもいいね。「タマゴのじいさん」とか「じゃがいも物語」とか。

 

梅:そうだね。やっぱり9年以上経ってるから、時間が癒している部分もあると思うし、それでも失った悲しみは埋められなくて、でもこれからも生きていかなきゃいけない。そういう時間の積み重ね、なんていうのかな、悲劇を経験した人がその後、それをどういうふうに受け止め生きているか、を知るというか。書くことで気持ちを整理して、前に進むきっかけになっているのかもしれないね。

 

鮭:投稿するってだけでも大きな一歩だもんね。

 

梅:うんうん。この本の投稿を読んでいると、戦争が終わったとはいっても、自衛隊ができたりとか、日米安保で若干きな臭い空気も漂っていて、そこに目を光らせている投稿もあったりして、絶対あの戦争はもういやだって、書くことでその決意を新たにしていることもわかる。

 

鮭:ああ。「はじめに」の最初に書いてあるように、1954年って高度経済成長期の幕開けでもあるんだね。ほんと激動の時代だ。

 

梅:戦争もがっつり経験して、ガラッと社会が変わったのも経験して。それでも、日常はこう続いていたんだなっていうのが投稿から感じられるのかな。

 

鮭:そうだね、歴史の年表では8月15日しか書かれてないけど、日常は14日も15日も16日も続いているわけで。

 

梅:そうそう、教科書で勉強してると、1945年8月15日を迎えて、例えば第3章が終わるけど。

 

鮭:うん。

 

梅:ほんと生活は14日も15日も16日も続いてるわけだもんね。

 

鮭:玉音放送を聞いたあともご飯を作って食べないといけない。

 

梅:ほんとそう。あと、「この世界の片隅に」って映画があったじゃない?

 

鮭:あ! 今、私もそれを思い出してた!

 

梅:私、あの映画を観た帰りに、Title(注:荻窪の本屋さん)に行って、この本を買ったんだよね。『戦争とおはぎとグリンピース』ってタイトルが目に入って、これは買わなきゃって思った記憶がある。

 

鮭:「この世界の片隅に」も日常の細やかな部分が描かれていたよね。

 

梅:うん、すずさん(注:「この世界の片隅に」の主人公)がこの中のいろんなところにいるよ。なんか戦争っていうと、非日常で、戦争という究極の極限状態が続いてたんだって捉えていたけど、でも「この世界の片隅に」って本当に日常の暮らしが豊かに描かれていて。ご飯をかさ増しして炊いたり、着物を裁断して巾着袋作ったりとか。

 

鮭:うんうん。戦争の話ってほんとつらいことに目が行きがちだけど、実際はあるものでなんとか生きていかないといけないし、生きていたらくすって笑うこともあっただろうし。

 

梅:ね。

 

鮭:前回のおすすめ本『ある晴れた夏の朝』を読んで以来、戦争についていろんな角度で知っていきたいって思ってたところだから読むのが余計楽しみだな。積ん読になってた「戦争中の暮しの記録」も今こそ読もう。

 

次回は、この本を読んだあとで感想を語り合う<感想編>をお届けします。

投稿者: おむすびブックス

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