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2020.9.19 週末おむすびチャンネル vol.19

『幻獣辞典』感想編 週末おむすびチャンネル vol.19

『幻獣辞典』(ホルヘ・ルイス・ボルヘス著/河出書房新社)は、世界各地に伝わる架空の生き物や小説に出てくる不思議な動物など、120の「幻獣」を辞典としてまとめた一冊です。

今回は、この本を読んでみた梅が、おすすめした鮭と感想を話し合います。

鮭(おすすめした人)

梅(読んでみた人)

『幻獣辞典』おすすめ編はこちら

鮭:読むの早かったね!

 

梅:いやいや、ようやく最後まで目を通した、という感じだよ。今回、最初になんとなく目についた「神」の項目から読み始めたんだけど、書き出しがいきなり「セネカの一節に、ミレトスのターレスが、」とあって、ん? って(笑)。セネカもミレトスもターレスもわかんないし、注釈もなくて。こういう本なんだって、怖気づいた。

 

鮭:ふふ(笑)

 

梅:寝っ転がって気楽に読もうとしてたけど、それじゃ一生終わらないなと思って、1日に読む幻獣のノルマを自分に課して、知らない用語をネットで調べながら、どうにかして読み終わらせたというか。

 

鮭:すごい、勉強みたいになってる。

 

梅:ほんと読んでる間はテスト勉強みたいだった(笑)。でも、専門的な単語が出てきたり、何の伝聞なのかが読み取れなかったり、そういうボルヘスの不親切な文章がクセになるというか、今日も読むぞって逆に闘志がわいてきて。

 

鮭:そこにやる気を…!

 

梅:うん、わからない文章の中にも、どうにかわかるところを探そうと。

 

鮭:でもわかる。私もウィキペディアに頼らず読めたときうれしかった。

 

梅:正直、読み始めてしばらくは、この本のどこに興味を持てばいいのか掴み損ねていたんだよね。これ、何の話だっけ?って迷い込むというか…そもそも私、古代神話とか伝説の類にまったく馴染みがなくて。でも序文に「さて、現実の動物園から神話伝説の動物園へ、ライオンではなくスフィンクスやグリュプスやケンタロウスの棲む動物園へ移ることにしよう。この第二動物園の動物数は第一のそれをはるかに上回る。」っていう文章があって、この視点に助けられたな。そうか、私が読んでるのは「第二動物園」のほうの生き物のことなんだよなって。

 

鮭:第二動物園っていう表現いいよね。

 

梅:うん。あと、幻獣のことを「我々の怪物」とも書いてて、その表現も、幻獣をちょっと身近に思えてよかった。それにしても「我々の怪物」の割には、ここに出てくる幻獣はずいぶん人間の脅威になってるなと、それが不思議でもあったな。人間を殺したり天変地異を起こしたり。なんでそういう設定にしたんだろうって。

 

鮭:たしかに悪さをしがちかも。

 

梅:そんななかで個別に惹かれたのは、優しかったりかわいかったりする幻獣で。例えば「墨猴(ぼくこう)」。

 

鮭:中国の猿ね!  私も好き。

 

梅:「人が座って書き物をしようとすると、この猿はそのそばに胡座をかき、手を重ね合わせてうずくまり、書き終るのを待つ。それから墨汁の残りを舐めつくすと、満足して静かに尻をついて座る。」って。

 

鮭:しかも体が「絹のようにすべすべしていて、枕のように柔らかい」ってなんかもうペットみたいだよね。

 

梅:ね。それから「中国の一角獣」。この幻獣はとにかく優しい。「きわめて穏やかな性格のために、歩くときはどんな小さな生き物をも踏みつけないように注意するし、また生きている草を食べず、枯れた草しか食べない。」他の幻獣は、生きとし生けるものを喰い尽くす、みたいな殺伐としてるものが多いから癒された。

 

鮭:どっちも中国だね。「中国のフェニクス」で、ボルヘスが「われわれが聖書でなじんできた悲壮的な要素に欠けるゆえに、中国の聖典は物足らないかもしれない。けれども時折、穏やかな気質の対話のなかに突如なにか親しみあるものが現れて、心を動かされることがある」って言ってるし、中国の幻獣は優しいのかもしれない。

 

梅:あと「鏡の動物誌」という項目は、物語を読んでるみたいで惹かれたな。「当時、鏡の世界と人間の世界は、今日のように切り離されていなかった。」そこから先に続く説明が短いけどホラーっぽくもあって。

 

鮭:ああ。私は「鏡の動物誌」の中の「魚は動き回って光を発する生き物」って表現も好き。これ単純に太陽の光が反射してる状態のことを言ってるのかもしれないけど、「光を放つ」っていう捉え方が面白いなと思って。昔は太陽が地球の周りを回ってるって信じられていたように、”反射”って現象を知らなかったら魚自身が光ってるって確かに見えると思うんだ。

 

梅:確かにそうだね。そういえば、魚って『幻獣辞典』でいろんなところに出てきてたね。

 

鮭:「ハバムート」とか!

 

梅:ハバムート、すごく大きいんだよね。「ハバムートはあまりに巨大でまぶしい光を発するので、人間の目はその姿を見ることに耐えられない。世界中の海をこの魚の鼻腔の一つに置くならば、それは砂漠に置かれた一粒の芥子(からし)の種のようなものであろう。」どんだけ壮大なんだ!

 

鮭:ハバムートは、大地を支えるもののひとつとして生まれたって説もよかった。「神は大地をつくったが、大地には礎がなかった。そこで神は大地の下に天使をつくった。しかしこの天使には礎がなかったので(略)しかしこの牛には礎がなかったので、神はハバムートという名の魚をつくり、その魚の下には水を、水の下には闇を置いた」ってところ。自分の下に大地があるように、大地にもその下に支える存在がいて、さらにその下、その下…ってどんどん追求していく考え方が面白くて。重力を知る前に私も想像してみたかった!

 

梅:あと魚といえば「百頭」。「一生のうちに発した百個の意地悪い言葉によってできた魚である」っていう設定がユニークだよね。しかも猿の頭、犬の頭、馬の頭、違う動物の頭が百個ついてるって。自分の持ってる魚のイメージが予想もしなかった方向から塗り替えられるのが面白かったな。

 

鮭:百頭、前世で他人を海頭とか犬頭って侮辱してた思想家の生まれ変わりで、実はカルマだったっていうのも物語的で惹かれたな。

 

梅:今もし『幻獣辞典』に追加するなら「鬼」をぜひ、と思ったよ。『鬼滅の刃』が流行ってるし。昔話で桃太郎の鬼退治とか泣いた赤鬼とか出てくるけど、鬼の最初の出典がどこなのか調べるのも楽しそう。古事記なのかな? 中国はどうだろう?とか。あと「鬼軍曹」とか「鬼嫁」とか「練習の鬼」とか、幻の存在だけど、今も言葉に生きてるのが面白いよね。

 

鮭:ほんとだね。私は『幻獣辞典』を読んでると、今は想像上の生き物って知ってるけど、昔はそうじゃなかったのかもしれないってよく思ったよ。その逆で、今宇宙人って幻の存在だけど、あと100年も経ったら宇宙人が当たり前にいる世界になってるかもしれないとか。そういう感覚はあった?

 

梅:うーん、読んでるうちに、空想との境界が曖昧になる感覚はあったかなあ。例えば「東洋の竜」の項目で、「歴史によれば、最古の皇帝たちは竜であった」って書いてるところとか。唐突なんだけど、当たり前のように書いてあるから、なんかわからなくなる。

 

鮭:ああ、その感じ! 漫画の『プリニウス』でも、プリニウスが「あっちの方で一角獣が出たと聞いた、調査に行ってみよう」っていう感じで話している場面とかあって。当時も伝説だとわかってたかもしれないけど、どうしても、実在しなかったとは言い切れないよねって思ってしまう。

 

梅:昔は恐竜だっていたんだしね。

 

鮭:そうそう、一角獣もいたかもしれないし、今もどこかにいるかもしれない。なにかと見間違えたとしたらなんだろう…とか。幻獣を通して、物事が今ほど解明されていない時代の感覚を想像するのが楽しいな。

 

梅:そうか、私はいたかもしれないと思うよりは、幻獣を生み出す人間が面白いと思ったかなあ。『幻獣辞典』で出典としていたいろんな本、例えば聖典とか北欧神話、幻想文学なんかに幻獣が存在するのは、幻獣の設定を物語としてみんなで共有してたってことだよね。幻獣を通して何を伝えたかったんだろうと思ったりしたな。この『幻獣辞典』には物語の生まれる背景がいっぱいあった。ところで鮭って星座の神話とかも好きなの?

 

鮭:好き! 子どもの頃、ケンタウロスとか出てくる星座神話の本を繰り返し読んでた記憶がある。

 

梅:そうか、私もそういう本を持ってたんだけど、ずっと手が伸びなかった(笑)。なんで興味が持てないんだろう。

 

鮭:でも『幻獣辞典』は面白かった?(笑)

 

梅:ワクワクしながら読むって感じではなかったけど…でも、読み応えはあったよ! この本は、読んで、気になるところを自分なりに調べて深掘りするのが楽しいのかも。例えば幻獣の名前で、16世紀にスイスの錬金術師が空気の精霊を、ギリシア語で空気っていう意味で「シルフ」と名付けたっていう部分があって、そういえばバレエの「シルフィード」って関係あるのかな、と思ったり。あと、「サラマンドラ」っていう火の中に住む龍は、ウィキペディアで調べたら、鼻から火を吹く設定のウルトラマンの怪獣名とか、ナチスの戦闘機のコードネームとして使われてた。こうやって幻獣の名前がイメージとして残って、今にも接点があるって知ると興味がわいたなあ。

 

鮭:なるほど。そうやって言葉に注目するのも面白いね。

 

梅:あとね、私はゲームをしないから全然知らなかったんだけど、この本に出てくる幻獣名を検索したら、結構な確率でゲームのキャラクターが出てくるの。例えば、「ハルピュルア」は『幻獣辞典』を読むと、「女の顔、鋭い曲った爪、不潔な下腹部をもつ禿鷹で、癒すことのできぬ空腹のため体が弱っている」って描写してあるんだけど、検索したら、ゲームの攻略サイトに可愛い羽の生えた女の子のイラストが出てきた。しかも大食いキャラの設定で。そういう発想の転換というか、元ネタをこうも単純化してポップにできるのか!と驚いた。作り手の人はすごいなあって。

 

鮭:キャラクターを作った人たちもこの本を読んだかもしれない!

 

梅:ね。幻獣は今も人間の想像力を刺激してるんだね。

 

鮭:実在しないからこそ広げられるものがあるのかもしれないね。あとこの本、挿絵があまりなくて、そんなところも余計想像力が掻き立てられる。

 

梅:鮭はこの本をおすすめしてくれた時に、幻獣の姿を想像して余白に絵を描きながら読んだって言ってたじゃない?そういえば、私はまったくそれをしなかったな。

 

鮭:そうなんだ! 私、こんな感じで至るところに絵を描いてたよ。

「サテュロス」。下半身が山羊で、同と腕と頭は人間。全身毛深くて短い角と敏捷な目をもち、鷲鼻だったらしい

 

梅:わ、しかもペンで描いてる!やっぱり鮭はこういう世界が好きなんだねえ。私はさーっと読み流しちゃった(笑)私が幻獣の描写で思ったのは、結局は現実世界の動物どうしの掛け合わせだったり、一部を欠損させたり過剰に増やしたりなんだなって、だからむしろ、この世の生き物の姿形のオリジナリティってほんとすごいんだなあって。

 

鮭:ああ、ほんとそうだね。今回の感想編、梅も絵を描いてたら見せ合いっこしよう、とか思ってたんだけど、思ってたのと違ったな(笑)。

 

梅:でも『幻獣辞典』、読めてよかったよ! 今回、これだけボルヘスと格闘したから、この先、古代神話ももっと読んでいけるかもしれない。世界が広がったよ。

投稿者: おむすびブックス

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