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2020.5.29 週末おむすびチャンネル vol.4

『寺田寅彦 科学者とあたま』感想編 週末おむすびチャンネル vol.4

戦前の物理学者であり随筆家、俳人としての顔も持つ寺田寅彦。今回は、寺田寅彦の随筆14編が収められた『寺田寅彦 科学者とあたま』(STANDARD BOOKS/平凡社)を取り上げます。

おむすびブックスでこの本を仕入れた鮭と、鮭におすすめポイントを聞いてはじめて読んでみた梅が、本の感想を語り合いました。

鮭(おすすめした人)

梅(読んでみた人)

『寺田寅彦 科学者とあたま』おすすめ編 はこちら

 

鮭:どうだった?

 

梅:想像以上に文学的だった! もっと科学の話が出てくるのかなと思ったけど、それよりも文章が文学者の表現という感じで、すごくおもしろかった。鮭が言ってた、身近なものを入り口にして、物理の世界に入っていく感じが気持ちいいっていうのがよくわかったよ。

 

鮭:よかった!

 

梅:話題が展開して、どんどん違う話に違う話になっていくんだね。何回も読み返したいって思うような本だった。

 

鮭:うれしい。好きな作品あった?

 

梅:何個もあった! 例えば「烏瓜の花と蛾」。最初の烏瓜の花が咲いた話からどんどん連想が広がって、気づいたら焼夷弾投下の話になってて。ずいぶん遠いところまで来たなって思いながら読んでたら、そこから敵の飛行機が夏の烏瓜の花に集まる蛾に例えられて「あ、戻ってきた!」って。火事が広がる様子に、烏瓜の花が咲く情景が重ねられていて、そこも文学的だと思った。

 

鮭:烏瓜の花を「花の骸骨」って表現したりとか!

 

梅:うん、その発想がすごい。

 

鮭:どんな頭の構造をしているんだろうね。

 

梅:とっても柔らかいのかなぁ。

 

鮭:なんか頭の中がきれいに整理されてるっていうよりも、全てのものごとがひとつの箱のなかにぐちゃっと入ってて、それが何かをきっかけに一本の紐で繋がって、その紐をたぐり寄せながら文章を書いているような感じもするな。

 

梅:ああ。

 

鮭:何かを見て別の何かを思うって、俳句をやってることも関係あったりするのかもしれない。このどんどん繋がっていく感じが醍醐味だよね。「『手首』の問題」とかも、世の中のあらゆるものごとが手首に結びつくって話で。

 

梅:そうそう。手首の動きから始まって、心の手首の話になってくんだよね。教育も政治も生き方も全部が手首の問題。これ、表現がおもしろいなと思ったところがあって。「しかし弓を動かす演奏者の手首が我儘に堅くては、それこそ我利我利という不快な音以外の音は出ないであろう」っていう文章なんだけど、「ガリガリ」って擬音を、「我が利する」の漢字をあててるんだよね。「我利我利」って。そこが文章としてもおもしろいし、このあと続けて「そういう音では決して聞く人は踊らないであろう」と書いてあるのは、ほんと今の政治にも通じるところがあるなと思った。安倍さん、聞いとるか! と。

 

鮭:いまの政治も手首が堅い。

 

梅:思ったのが、寺田寅彦は亡くなったのが1935年で、日本が戦争に突入する前なんだよね。もし戦争末期のあの泥沼の戦局とか見てたら、どう感じたんだろうって。最後は「神風が吹く」とか非科学的なことがまかり通る世の中を、科学者としてどう見てたのかなあ。

 

鮭:精神的に洗脳されてる感じ。

 

梅:そうそう。悔しい思いをしたのかな。その意見も聞いてみたかったな。

 

鮭:戦争科学とかについて触れてる作品はあるけど、あの戦争の渦中にいたらほんとなんて言ってただろう。寺田寅彦の目を通したそれぞれ時代を見てみたくなるよね。

 

梅:ほんとほんと。 でもさ、弟子がいたんでしょう?

 

鮭:あ、中谷宇吉郎!

 

梅:その人の随筆も読んでみたいな。

 

鮭:がっつり戦争の話、読んだことないなぁ。北海道で軍事研究に携わってたていう話はあった気がする。

 

梅:そうなんだ。

 

鮭:二人とも大変な時代を生きたんだよね。言われてみれば戦争の話ってあまり注目して読んでなかったな。おもしろい。『科学者とあたま』、難しいところあった?

 

梅:化物のところ…ちょっととっつきにくくて、サーって読み流しちゃった。でも鮭は好きでしょ!

 

鮭:「化物の進化」ね、好き! 科学が進歩すればお化けの正体も解き明かされていくのかなって思ってたけどそうじゃなくって。化物はいないっていうけどじゃあ電子や原子は実際見たことあるの? ってところから、雷を科学的に分析するか雷神として宗教的にみるかの違いは、流派が違うだけでどっちも人間の創作であり芸術だって……なんかもう本当にその通りですって思った。

 

梅:そういう話だったんだ。 わかってなかった(笑)。

 

鮭:科学で一通り説明がついたとしても化物は消えないし、むしろ謎は深まる。科学が進化すれば化物も進化するって言ってて。「宇宙は永久に怪異に充ちている。あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。それを繙いてその怪異に戦慄する心持ちがなくなれば、もう科学は死んでしまうのである」っていうところも好き。

 

梅:科学書を百鬼夜行絵巻に例えるのもいいね。そう、寺田寅彦は例えもすごくうまいよね。最初の「線香花火」も、線香花火をソナタに例えていて。

 

鮭:そうそう! 線香花火の燃え方が音の速度に重なって。

 

梅:この人自身も弦楽器やってたって書いてあって、ああそうなんだって納得。

 

鮭:「自画像」はどうだった?

 

梅:おもしろかった! 「自画像」だけ現在進行形じゃない? 他は過去のことを振り返って書いているけど、ここだけ、まさに今、俺はこれで悩んでる、みたいな。

 

鮭:言われてみればそうだ! 迷ってる姿がリアルすぎる。「自画像」を読んで、その迷い方の果てしなさに、この人はちょっとめんどくさい感じかしらって思ったんだ(笑)。顔に物差しをあてて比率を確かめようとするんだけど、鏡を見てるからよくわからなくなって混乱してるところとか。

 

梅:確かに。でも、これちゃんとした芸術論になっていて。美術書を読んでるみたいだった。「右の頬ほおをつかまえたと思う間に左の頬はずるずる逃げ出した」ってところとか、表現もすごいなと思うし。

 

鮭:うんうん。自画像への入れ込み具合もすごいよね。ちょっと狂気じみてるというか……。

 

梅:よく自分の顔をあんなに何回もいろんな方法で描こうと思うよね(笑)。私だったら1回描いたら「こんな感じか、わかった」で終わっちゃいそうだけど、まだ描くかって(笑)。

 

鮭:そうそう。しかも1回描いたら家族に感想を聞いて回ったり、似てないところを捜させたりとかね。

 

梅:自分で描いた顔に対して「またたきをするような気がした」って書いてあるのを読んで、もう自画像描きすぎて幻覚が見えるところまでいってるわ! って思ったんだけど、物理学者だからか、そのすぐ後に「病理的に神経の異常から起こるハルシネーションの類」って分析してて、あ、そこは冷静なんだなと。

 

鮭:主観と客観の往復がすごい(笑)。そこがとっても人間臭くてチャーミングなんだよなぁ。

 

梅:あとは、本の中で頭のいい人には恋ができないとか、何かもう一つぐらい恋に例えているところがあって、結構ロマンティックねって思ったところがあった。

 

鮭:ロマンティック!

 

梅:あ、「読書の今昔」だな。本の選び方について聞かれて、それは「いかなる人にいかなる恋をしたら良いかと聞かれるのと大した相違はないような気がする」っていうところとか。

 

鮭:ほんとだ! 科学者こそロマンチストってやつだ。すてき……。全く話は変わるんだけど、このSTANDARD BOOKSは作品の順番もすごくいいなって思ってるんだ。比較的短くて例えもわかりやすい「線香花火」でまずごあいさつをして、次の「科学者とあたま」で自己紹介。ここで、寺田寅彦はこういう考えの人なんだってわかってそのあとが一気に読みやすくなる気がする。で、宇宙線、手首、化物ってハードなものが続いて、烏瓜から津波、読書、団栗ってだんだんソフトになっていって。徐々に暮らしに寄っていく感じ。

 

梅:最後が「蓄音機」っていうのも示唆に富むラストっていうか。寺田少年の科学への興味のきっかけが書かれているし、科学教育の問題について寺田寅彦なりに思うことあったんだよね。最後の2段落にもグッときた。「蓄音機に限らずあらゆる文明の利器は人間の便利を目的として作られたものらしい。しかし便利と幸福とは必ずしも同義ではない」

 

鮭:わかる! そこ私も好き。スマホはとっても便利だけど精神的幸福をもたらしてるかって言ったらわからない……真理だよ。

 

梅:そうそう。あと、「茶わんの湯」も青空文庫で読んだよ。ほんとにわかりやすいね。ですます調で書かれていて。子ども向けに書いた文章なのかな?

 

鮭:確かそうだった気がするけどなんだっただろう……

 

梅:(検索して)あ、『赤い鳥』(注:1918年に創刊された子ども向けの雑誌)に書いてたんだね。

 

鮭:そうだ、中谷宇吉郎の本でも言ってた!

 

梅:あと『科学者とあたま』に収録されている随筆が、どこに掲載されてたものかも知りたい。今読んでも全然色あせない文章が、当時どこの媒体に載って、どう読まれていたのかなあ。

 

鮭:そういえば書いてない。

 

梅:この本の中の「津波と人間」も、人間が忘れやすいってことを警告してて、今の原発も一緒だなって思ったり。こういう本質をつくような素晴らしい随筆があっても、結局日本は戦争をしたし、原発はなくならない。現実は変わらないんだな、文章の儚さよ…っていうことを思ったりして。

 

鮭:本当にそうだね。そうそう、文学畑の作家で、寺田寅彦みたいな、文理混ぜこぜで展開しながら本質に迫っていく、みたいな人っている?

 

梅:うーん、理系の程度はわかんないけど、内田百閒はどうだろう。文章のトーンは似てるかもしれない。

 

鮭:ああ! 内田百閒も夏目漱石の弟子だよね? 鉄道好きの。

 

梅:(家の本棚にあった、ちくま文庫の『残夢三昧 内田百閒集成16』を取ってきて)裏表紙の紹介文に「夢や無気味なもの、怖い雷や空襲、怖いけれど好きな火事…夢とうつつの境を往還する奇妙な味の随筆集」って書いてあるよ。鮭が好きそうね。

 

鮭:聞いてるだけで好き! ちゃんと読んだことないなあ。

 

梅:(『残夢三昧』をパラパラめくりながら)解説を岸本佐知子が書いてるんだけど、「百閒という人は、普通は歳とともに自然と閉じてしまうはずの頭の“通路”が、何かの加減で開いたまま大人になってしまった人ではないかという気がする」って。

 

鮭:それだ! そっか。夏目漱石の弟子ってそういう人多いのかな。好きだな。

 

梅:ねー。あ、鮭!『残夢三昧』に「雷」っていう随筆も入ってるよ。好きそうだね。私この本、読んだ記憶がない(笑)。

 

鮭:めちゃめちゃおもしろそう。次は内田百閒読んでみようっと!

次回は、カレル・チャペック『園芸家の一年』(平凡社)のおすすめ編をお届けします!

投稿者: おむすびブックス

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